『~呪も単純なインアウトの法則である~』

ある種の型を用いて、その形や音、文字の羅列等を使い、
または自然の動きや、自分や自分達以外の生命を奪って、
自分と仲間内の利得のために、その術を使う者達が居る。

現代では、非科学的というプロパガンダの下に秘匿され、
口にすれば怪しいと思われる風潮の中、堂々と行われる。
しかし元を正せば、単純なインアウトの宇宙法則である。

自分以外の何かを不当に差し出し、不当なる利得を狙う。
しかし、この世では一時的に有効でも、長くは続かない。
一か所に留まり続けることが無いのも、宇宙法則なのだ。

この世界を超えて、新たな展開へと意識が歩み出すとき、
各々と血脈・霊脈、その全てが加味された現実へと向う。
生きている間でなくとも、必ず反作用の法則が待受ける。

全てが、宇宙根源の光、その直結の記録所に保存される。
もし記録を書き換えても、書き換え自体が上書きされる。
つまり今、この一瞬の所業から何も隠すことが出来ない。

誘導・洗脳等による、不当なインプットも反作用を生む。
反作用を受けないための術を行ったとしても無駄である。
己の所業は、自分で全責任を負うのもまた、法則なのだ。

反作用に翻弄されないためには、実行するしかないのだ。
世の中の為を思い、自他共に良きようにと思考を向けて、
毎日毎瞬の、その時々の選択を、天上の光と同調すべく。

『~隕石、その他の落下と、地中からの爆発~』

※以下は、夢に見た内容を元に書かせていただきます。
災害の話になりますので、書くことで回避の方向に向えば幸いに存じます。

遠く無い未来に、この地表が打撃を受けてしまう映像が、夢に二夜現れた。
本当の隕石であることもあれば、火を放つ落下物であることも考えられる。

大きな隕石様の物は迎撃され、破片が水辺などに落ちて来るかも知れない。
計算された破片が、湾岸、湖、一級河川などに、落ちて来るかも知れない。

また現在の地球種族が文明を持つ、遥か以前より地中に埋められた爆発物。
幾つかの文明をまたいでも壊れない爆発装置が、遠隔で起動できるようだ。

そして近現代に入って埋められたものもあり、両方の可能性が感じられる。
港周辺、海岸沿い、近海、何か重要施設等で、爆発が起こるかも知れない。

地中の場合はともかく、水辺周辺は避けて生活する方が良いかも知れない。
その時どうなるかは「この時代のタイミングで決まって来る」と言われる。

毎瞬刻々と変化している全体の集合意識の周波数が高く、共栄の意識なら、
大難のタイミングから小難のタイミングへと、時間軸の波が変わるらしい。

現在有力なシナリオでは、マイナス存在の謀略を通して過渡期を迎えた後、
低周波数時代から脱却して、共存共栄の高次元型社会へ向かうそうである。

『~ダイエットと、世の中のエクササイズ~』

例えばダイエットのために始めたエクササイズをずっと続けていて、
順調に効果があったとしても、いつか効かなくなる時はやって来る。

長い間に硬くなっていた筋肉を、伸ばしていると柔軟になるのだが、
それが通常の状態になったときには、ダイエット効果が消えるのだ。

再び効果を得たければ、力の入れ方を適宜変えてみれば良いのだが、
普通に立つ際の重心を変えてみるだけでも、体重の減少は起り得る。

この世も堅くなった筋肉同様に、システムの中身を変えないままに、
新しいやり方を導入しようとしているが、世の中は暗いままである。

柔軟体操が大切なように、土壌も耕さねば上手く芽が育たぬように、
見て見ぬふりをせずに、手を入れるべきは入れないと手遅れとなる。

この世しか見えず、ある部分しか見えずに、世を取り仕切る人々も、
自己と周囲それだけで手一杯の、市井の中に生きる大多数の人々も。

一部上層部だけで無く、皆が等しく、何かを変えるときが来ている。
執着、物の見方、意見の出し方、振舞い、柔軟に出来る数々の事柄。

魂由来の気質はそのままに、覚束ない幼児期の意識の芽生えを通し、
今日まで成長して来た今、心を解きほぐして、柔軟になれるか否か。

早い方が良い。愛と調和の共存共栄から外れるものが削ぎ落される。
世の中のエクササイズが起ころうとしている。振り子を戻すように。

地球種族として残されるのかが問われる時代に入っているのである。
共存共栄の意識で無ければ続かない。勝者の道だと思い込む人達も。

『~不具合の解消~』

街にも仕事場にも、家の中にも一個人にも、不具合は生じる。
時々起こる不具合もあれば、頻繁に起り続ける不具合もある。

つまり世の中の各方面、あらゆる場所には、不具合があって、
我々の意識層に焦りが生じて行く。急激に変わり行く時代に。

一個人には何も出来ないと諦めて、脱力と妬みを滲ませつつ、
焦りに蓋をするように日々を詰め込んでも、不具合は生じる。

世の中と自分の不具合に対して、知らぬふりを決めていても、
一人と全体の不具合は繋がり合って、世の中に影が落される。

個人の人生の中に在る、現実的な不具合と、内面的な不具合。
目を向け無けなければ、世の中のことも深く見つめずに終る。

もし自分を見ようとしないならば、誤導されても気付かない。
目くらましに誘導されて来たのだ。不具合に目を瞑るように。

そして社会と個人の不具合度は等しいのだと、天が言われる。
不具合を自ら解消して行く度に世の中も少しずつ軽くなると。

自分の不具合を見つめ直して解消したり、受け入れるたびに。
世の中も知らない内に軽くなって行く。その心を映すように。

心に引っかかる不具合、やるべき事柄を、順次解消して行き、
自他共に爽やかに軽やかに。世の中がリンクして輝くように。

意識を保ったまま、やがて、この宇宙の終りを迎える者達が、
「結局、自分しか居なかったのだ」と理解する時がくる如く。

『~全てのものに意識が宿り、そして変化して行く世界~』

体内に発生した新生物が成長し、生まれ出て、やがて自我意識を持つように。
有機物・無機物に関わらず、全てのものには、意識が芽生える可能性がある。

自他の境界をはっきり認識出来るもの、漠然としていて自分が分からぬもの。
自然に成長する意識もあれば、外部からの刺激により、成長する意識もある。

例えば自然界に居るよりも、名前を得て呼ばれ、生存本能以外を必要とする
環境下で暮らし、自我意識を成長させようとしている犬猫などの種族もいる。

目を向け、意識を向けるとき。感情を流し、話しかけるとき。それが何でも、
どんなものであっても、そこにエネルギーが流れ。意識が生まれ始めるのだ。

出来事ですら意識を向けたなら、まるでそれが転写されたように変わる得る。
どのように変わり行くのかは、向けられた意識・意図次第ということになる。

天は言われる。この世を良くしたいと思考するのなら、先ず意識を向けよと。
認識し、意識して、どのようにしたいかを発信せよと。それで変わるのだと。

宇宙根源の光が放たれたエネルギーは、全宇宙にばら撒かれ、充満しており、
どこを取っても一粒子まで、闇ですら、根源の光エネルギーそのものなのだ。

つまり、我々一人一人も、根源の光・創造エネルギー、そのものなのである。

『天に届く祈りと、想念を飛ばすだけの祈り』

世界を汚染するように、毎瞬、発せられる膨大な想念の数々。

それらを色や音で、匂いで、粘度で、あるいは感情や感覚で、

如実に感知出来たなら、我々は沈黙してしまうかも知れない。

意識を持つ者の思考の殆どは、唯、自我の想念を発するのみ。

祈りの形に変えたとしても、自分達に関わる幸運をのみ願う。

天が言われる。それは唯、想念を飛ばしているだけなのだと。

自分と自分の周辺の者への自我の祈りは、本来天には通じず。

例えば世界的な祈りとは別に、個別の祈りの際にそれが出る。

夥しい自己中心な想念と祈りが、世界中を汚染しているのだ。

一つ思い願うたびに、同じような境遇の方々のためにも祈り、

何かに心を痛めるなら、世界中の為にも、癒しと改善を願う。

つまり同時に世界中にある同じ案件を思い、幸福を祈るのだ。

もし本当に、人だけによらず、常に世界中の幸せを願うなら、

その祈りは天に届けられ、必要な準備が為されるそうである。

己の安泰だけを願う姿勢から、今こそ脱却すべきなのである。

『~超意識、肉体ごと違う世界線へ~』

肉体が就寝中の活動に入り、肉体意識や感情体が静まりを見せる頃、
この世界線の制限を超えた、超意識と言うべきものが目覚め始める。

超意識は、所謂、顕在意識、潜在意識、深層意識、無意識といった、
本人の内側を表現するものを、形ある現実世界に生み出そうとする。

万物が創造主たる根源の光の片鱗であるように、人もまた創造する。
宇宙の守護と天上界の許容する範囲内において、創造が可能である。

超意識は霊的ガイドにサポートされており、逸脱することはないが、
もし宇宙法則たる共存共栄に反する場合には、反作用が巻き起こる。

睡眠中に導かれ、記憶を消して、肉体ごと違う世界線で目覚める朝。
そんなことも起こり得る。超意識が、形在る世界線を創造したのだ。

どこか誰かの集合意識が作り出した世界線で、目覚めるのではない。
自分もしくは、自分と同調する超意識が創出した世界線なのである。

愛と調和の共生の時代へ。世界線は常に変わり得る。

『~負の連鎖を生まないために~』

長い間、思い違いをしているために、負の連鎖から抜けられないでいる。
誰かが悪いと、何かが悪いと言っている間に、負の連鎖が次々と生れる。

東に西に北に南に、酷い出来事があったと言われれば、排斥感情を抱き、
半面、酷い内容の創作物に興味が沸いて、誰かが真似をして因果を作る。

誰かが生み出した負の因果も、本人と周囲に留まることなく全体を覆う。
全て繋がっていて、一つだからである。世界中が黒雲に覆われるように。

嫌でも、全て一つに繋がっているのである。誰も何も切り離せないのだ。
個々人の問題も、全体の問題も、自分とも繫がっていて一つなのである。

さて思考と感情は、宇宙にリクエストしたとして、やがて跳ね返る仕組。
好きも嫌いも関係なく、嫌だと思っても発注されて、やがて現れて来る。

この宇宙法則が、負の連鎖の場合にも、強く間接的に加担して来たのだ。
嫌悪や排斥の感情は、また引き寄せるだけだと諦めた方が世の為なのだ。

大好きな商品をリクエストするような、機内食をリクエストするような、
都合よく、好みの物だけが跳ね返されるようなシステムでは決してない。

さて負の連鎖に加担しないように祈ることにする。天上界の教えの如く。
他者や何かへの嫌悪より、もう一人の自分が為した行為についてと祈る。

『~思考と感情は分けて考える~』

思考が迷路の中を歩くように、どうして良いか分からない。
本当は何をどうしたいのか、自分の意思さえ見えないとき。

また何かに対する執着が取れず、どうしても諦められない。
頭では解っているのに、前進の一歩が出せないようなとき。

実は感情に支配されているのだ。その比重が高すぎるのだ。
感情は強い想像や印象を生み、本人をも支配しようとする。

纏まらない思考の中身を精査分類してみると、正体が解る。
不安等の感情、マイナスの想像が、頭の中に居座っている。

だから「感情と思考は別もの」なのであると天が言われる。
思考と感情を分けると感情に左右されず、思考は落ち着く。

感情にしがみ付いていた自分に気付き、葛藤が消えて行く。
そうして自分を取り戻せ。爽やかな風が心を満たすように。

『~古文書と、聖書の世界に見る未来図~』

古い時代に原本が書かれたという、古文書や聖書等が示すもの。
当時の著者が感知した世界は、既に在る未来世界の一つを表す。

この世の周波数が上昇しようとするときに、起こりうる未来図。
その時が近付くにつれて、そういう事だったのかと理解される。

植えられた苗が実を結ぶように。川の水が海に辿り着くように。
書かれた未来もやって来る。修正と書換により変更されながら。

我々の霊脈と血統の、そして自分達の毎瞬の選択の連続により、
書かれた未来図には多少の変更が生まれるが、大枠は変わらず。

約束の時がやってこようとしている。
約束の地へ移行する時がやって来る。

それは知らぬ間に起こる、異なる世界線への誘導かも知れない。
朝、親しい人が去り、見知らぬ人を旧知のように感じるような。

古代、その延長線上の未来を見通した、高次の存在が言われた。
その時が来れば、高次の意志と繋がる者達が、復活を遂げると。