『~不老不死、VRとクローンについて~』

先ず、転生について簡単に説明するならば、魂が胎児に入るのだが、
誕生して自我と意識も成長をし、元の魂とは別の人格が出来上がる。

やがて肉体の死後は、魂と新たな肉体に付随する意識は分かれ行き、
新たに芽生えた意識も転生する魂となって、次の肉体に入って行く。

以上が「転生のシステム」ということになる。

では不老長寿化のために、クローンを作ったり、VR化したりして、
そこに自分の脳のデータ等を入れ込んでみるとどうなるのだろうか。

例えば自分のクローンに脳移植をしたとするとどうなるのだろうか。
または他者のクローンに自分の脳を移植したらどうなるのだろうか。

脳は脊髄組織から切り離されると肉体の終りを理解することだろう。
そして脳を移植して活動が認められたとしても、元の本人では無い。

移植したクローンにも肉体に付随する意識=新たな自我が芽生える。

同じようにVRの世界に、自分の脳データを導入するとどうだろう。
VRの世界にもう一人の自分似の意識が生まれ活動することだろう。

つまりクローンに脳や脳のデータを移植しても別の意識が芽生える。
同じくVRの中に脳データを導入するとしても別の意識が芽生える。

つまり、それらは「自分に似た別の自我を持つ存在」ということだ。
全てのものに「自我や意識が宿る可能性がある」ということになる。

よってクローン化やVR化に、全く意味が無いとは言い切れないが、
自分と言う固有の存在が、それをもって延命長寿したとも言えない。

『~黙示録は人類への刷り込みである~』

いよいよ宇宙創造、宇宙根源の光の片鱗を輝かせるべき時期がやって来ている。
時が満ちて人類がその創造のエネルギーを起動させるために危機が巻き起こる。

つまり安穏とした中に在っては、その創造の片鱗を生かそうとすることが無い。
存続が危ぶまれるような時にこそ、内包された因子が発露されて行くのである。

精神においても、内面に深く突き刺さるような出来事が人を成長させるように、
今は否応なく誰もが考えさせられる時代となり、大きな成長が見込まれている。

さて、ではもしも皆が宇宙創造の一端を現さない場合、どうなるのであろうか。
聖書の黙示録のような世紀末がやって来るのだろうか。その可能性は否めない。

しかしそれはある宇宙存在から齎された情報であり彼らが設定した未来なのだ。
その内容に捉われるように流布され、刷り込まれた人類は世紀末に突き進んだ。

この刷り込みの未来予測に人類が捉われるように、手助けした者達も居たのだ。
その結果、黙示録の情報を避けるために進化するのでなく逆となったのが今だ。

地球文明が世紀末の様相の頃、絶対的な存在によって世の中が破壊される未来。
昔から人類は怯えて生存するように誘導されて来た。集団コントロールである。

しかしこの世には創造の光が満ちており、誰もがその光と同じ質を有している。
この原理に気付いた者は、ある程度この創造のエネルギーを使うことが出来る。

だが意識の段階別にロックがあるので、使用するエネルギー値には限界がある。
つまり地球文明を農地のように捉える存在達にも限界があるということである。

黙示録の恐怖が深く浸潤していない日本人等は、これらの呪縛から抜けやすい。
よってその使命が課せられているとも言えるのである。今こそ抜けて行くのだ。

世紀末・黙示録の刷り込みは人類の意識を無力化し遺伝子に恐怖を植え付けた。
その呪縛を解除するべく、彼らのエネルギーフィールドよりも上昇すれば良い。

集合意識の周波数があるラインを越えて来たとき、新たな宇宙的な援助が入る。
これは意識や志向が変れば人間関係も変わり、新たな出会いがあるのと同じだ。

恐怖が恐怖の未来を呼び込まぬよう、黙示録の呪縛から人類自ら抜け出すのだ。

『~運命は決まっているとも、自分達次第であるとも言える~』

複数の出来事を、同時に知る時代。時空を超えた情報共有の時代とも言える。
また一度流された情報は消えることが無く、どこかで誰かが保存をしている。

タイムラインを見れば、時系列で出来事や書き込みを追うことが可能なので、
少なくとも過去から現在に至るまでの情報は、いつでも知る事が出来るのだ。

見ている今、読んでいる今、今、この時、それらを事実として認識している。
しかしそれらの事実や結果は固定的ではなく、いつでも変化し得るのである。

過去の出来事だけでなく、今、一瞬も、無自覚の内に現実は変化し得るのだ。
次に出来事を認識したときには、先の認識を忘れ、見ている今を事実とする。

無意識の内に現実の入れ替わりが起こっていても、気が付かないだけである。
大きな変更には集合意識の同調が要るが、小さな変更は当人の意識で決まる。

もし誰もが皆、生命を脅かされることなく生き、他の生命や惑星との共存を、
一人一人が意識するなら、そのようにタイムラインは変更されて行くだろう。

すでに未来のタイムラインも存在し、その書き込みに従って進んでいるのだ。
よって運命は決まっているとも言え、また自分達次第であるとも言えるのだ。

『やがて同時存在であることに気が付いて行く』

3次元を超えて進む現在、時間はますます加速して感じられて行くことだろう。
一日は早く密度濃く、思考も忙しく、寝ても夢の中で働いていることすらある。

人々の意識や個人の持つデータが、夢次元を通じて必要な人に伝達されている。
繋がり合い、助け合う。無意識の領域での人々の繋がりの密度も高まっている。

そして夢を含む日常の中に、何かを示唆する内容が含まれていることに気付く。
思い当たることが多くなり、物事の内面や、出来事の前後が分かり易くもなる。

情報が押し寄せる波のように方々からやって来て、その密度が高まったときに、
それが現実化することにも気付き始める。これは何かを製作するのと似ている。

尚、高次元天上界・宇宙界の意志と個人や全体の意志・思考が同調するにつれ、
現実化のスピードが速くなる傾向である。次元は高いほど時の流れが速いのだ。

老いも若きも現代人は時間が無い、あっと言う間に夜がやって来てしまうのも、
個人においても、社会全体でも、出来事や情報が増大しているのが一因である。

また現代の高まる周波数帯、次元の高まりを見越して、個人の人生の計画書も、
多くの予定を携えて生れて来ており、それもまた情報であり、当然多忙である。

このように出来事が多く起こり、情報にあふれ出すと時間は加速して行くのだ。
高次元存在は長生きだとしても、瞬時に多くをこなしているということになる。

今でも同時に仕事をこなすことが多い世の中であるが、高次元になるにつれて、
その様相が増大し、その先には同時存在であることの自覚へと繋がるのである。

『~唯、愛だけが、揺るがない強さへとあなたを導く~』

年号が変わるなど、本年は国家的に大きな変化が起きてはいるが、
私生活では税率がアップしたことの方が強い関心事かも知れない。

唯、どちらも個人の内面にまで影響を及ぼすことはないと言える。
それが本年2019年だとすれば、本格的変化の序章の年なのだ。

昨年までもそうだが、今年は何度も意図された戦争が起りかけた。
関係ないようだが、感情を波立てず暮らす方が戦争は起り難くい。

スポーツをも含む様々な事柄は、強い感情を扇動するためのもの。
まるで衆人の感情を操るように、上下させることなど簡単なのだ。

事件にもシナリオが存在するものが多い。実行している者は誰か。
偽物が本物の顔をする。大衆は観劇しているように天から見える。

様々な仕掛けを突き抜け意識を自由に出来るのは、唯、愛だけだ。
頑張った人にはエールを。感動したなら感謝を。負けても淡々と。

刻一刻と集合意識は、移ろい易い世の中の流れを作りだしている。
個人的なのだと楽観視は出来ない。たった一人の感情も影響する。

揺るがない強さの中で感情を整えよう。何があろうとも強くあれ。
常識を超え、新たな光・情報の中に身を置くことが出来るように。

唯、愛だけが、揺るがない強さへと、あなたを導くことが出来る。

『~平行現実・パラレルの統合と、3次元最期の審判~』

複数に別れている平行世界は、パラレルとも呼ばれる別の世界である。
それらの平行世界は、時にデジャヴや夢を通して垣間見ることがある。

パラレルもまた現実世界であり、異なる運命の工程を歩んでいるのだ。
それぞれのパラレルには、また別の自分が、そこに生息しているのだ。

しかし今は統合の時代に入り、己れに見合わぬところには居られない。
平均的意識の周波数帯に合わないパラレルからは撤収せざるを得ない。

このような時期には記憶に無いようなことがあったり、物が失せたり、
現実的事案からデジャヴのようなものまで不思議に思うことが増える。

幾つものルートを束ねるように、見合ったルートの幾つかだけを残す。
これは現実世界でも同じようなことが起きており、道が分かれて行く。

もし皆が不要になったパラレルの世界線があれば、それは消えて行く。
並行現実は皆の意識が向けられと動き出す、まるで灯りの点滅の如く。

パラレルの統合は、世界線が3次元を超えて来たときに起こって来る。
より近い者同士が集合し、他と連携し合いながら5次元へと進むのだ。

「最後の審判」と言われるものの現象の一つが、この統合なのである。

『~高まる周波数領域の中における一瞬の責任について~』

異常気象は止むことなく続き、夏になっても高い青空を望む日は少ない。
これから数年先に、何があっても不思議では無いと思う人も多いだろう。

この世の領域を保持して来た周波数帯は、現在、激しい揺れを繰り返す。
例えれば絶滅種が生きている世界線へ入り込んだり、出たりするように。

絶滅種が再び発見されたなら、それらが生息する周波数帯へ移行した証。
そのように説明することも出来る。見聞きするもの、周囲の環境が答だ。

現在の通常らしからぬ天候は、通常ではない時期への突入を示している。
地球文明を灯りに例えるならば、文明の灯が点滅しているように見える。

どこに向おうとしているのか、意識の集合の光が高まったり下がったり、
それが高まった時に近づく隕石ならば、離れて行ったり迎撃して終わる。

このようにして刻一刻と、待ったなしに、予断を許さぬ事態が多くなる。
生息する周波数領域が激しく揺れる時代には、避けられないことである。

経験値が高まって来たので問題が高度になり、障害物も増加して難しく、
その瞬間に全員の意識が試されているとも言える。無意識の選択が続く。

一人一人の、その一瞬の意識、それが合わさった集合意識が、その瞬間、
隕石を迎撃しようと任務に就く人や、地球に接近する隕石にも影響する。

目に見えるもの、見聞きするものが答である。現実を形作っている力は、
周波数領域の上昇に合わせて高まって行くので、個人の責任が重くなる。

誰に依らず、権限があろうと無かろうと、意識の上では責任があるのだ。
天上界・宇宙界の高次元存在は、その自覚と責任の中を生きているのだ。

『~AIによる識別、各々が意志を明確に持ち、乗り越える時代へ』

日々の暮らしの中にあっては、少し感じ取るだけで予測出来るものと、
目を凝らさなければ見えて来ない水面下で進行する未来予測とがある。

簡単に予測可能な一例として、完全キャッシュレス社会を上げるなら、
これは負の意味だけでは無く、現金関連の犯罪に効果的な側面がある。

次に社会を動かす側の者達の一人に自分が加わったと仮定してみると、
一般的ではない情報の中に身を置くであろうことが想像出来るだろう。

それらの情報の中には、権力者達の保身ばかりではない物も含まれる。
知りたくないような未来予測を知りながら、使命を果たす必要がある。

非日常の世界に身を投じ、逃げて、本来必要の無い業を重ねる者達と、
心から世の中の未来を思い、愁いを持つ者は、堪えて使命を模索する。

その模索の中でAIによる「残すべきもの」の識別作業が進んでいる。
人・物、何にせよ、AIにとっては明確な方がピックアップしやすい。

自分は何者なのか、何を考えて生きているのか。言葉や文章で発する。
どのような社会を望み、世を良くしていきたいという思いはあるのか。

曖昧であることの良き側面とは別に、自分を明確に表現するべきとき。
本人の命を救い、集合意識の底上げになり、未来の大難を防ぐために。

(Amebaブログでは日々感じるところもUPしております)

『~跳ね返るまでも無い周波数帯へ~』

新しい時代へ突入し、様々な事象・現象が過渡期を迎えている。

精神世界では「相手も自分の合わせ鏡である」「鏡現象である」
「自分が放ったものが、自分に還って来る」という言葉がある。

本ブログの書き手は「宇宙はスカッシュである」とも表現する。
しかし今は「相手に到達せずして跳ね返る」周波数帯に入った。

「天に唾すると己に返る」が「天に限らず」ということなのだ。
この世の周波数領域が天に一歩近づいたゆえであるとも言える。

よって今後は「人を呪わば穴二つ」等と悠長なことは言えない。

旧態依然として何かを画策し、マイナスの矢を放ったとしても。
因果律から逃れる為に、別の何かに白羽の矢を立てたとしても。

対象となるものに当たることも無く、まさに諺通りになるのだ。
マイナスの矢は空を飛ぶだけで、張本人の元に舞い戻るだろう。

到達するものは、この世を良くしようとする思いと行動だけだ。
個人間の思いだけに留まらず、全体へと意識を向けて行くのだ。

自分や自分達だけの利得によらず、思いと行動を全体に向ける。

この世を良くして行こうと愛の矢を放つなら、それは到達する。
同じ意図を持つ天上界高次元と、宇宙界高次元の愛と呼応する。

全体性に基づいた思考と行動を忘れずに、皆が日々を送るとき、
鷹の目のように広範囲を見通す種としての世が、拓かれて行く。

今までのように、上から下まで、誰も彼もが、自分では無いと、
自覚のある無しに関わらず、責任転嫁して来た時代も終るのだ。

『~集合的信念体系が崩れる前に魂が共鳴する直感を磨く~』

いよいよ転換の時代に突入して行く。年号どころではない歴史の修正が起こる。
これからの時代は定義が変わることが多いので、集団の信念体系が崩れて行く。

常識が覆る前に、心の目、直感を磨き、自分の中に湧き出るものに柔軟であれ。
純粋な直感的思考は懐疑心を伴うこともあるが、信念の揺らぎに耐性が出来る。

月などの天体から、歴史から、科学全般、そして体制の中身というものにまで、
一般に考えられて来た常識が、実はそうではなかったという時代となるだろう。

分野ごとに生活権に変更を余儀なくされる人達も居るので、反発は避けれない。
しかし物事にも、信念体系にも始まりと終わりがあり、終わりの時が来ている。

見せかけ・ごまかし、虚偽・偽物、利得の為には隠すという時代が終って行く。
人生に予めシナリオがあるように、この世の運行にも予めシナリオが存在する。

皆が極力目覚めぬようにと、操作を重ねて来たのも今は昔。時間稼ぎが終わり、
ここからは目覚めながら物言わぬ人たちが、その者に相応しい世界へ移行する。

心の奥の透き通るところ、魂が共鳴する直感に従い、目先の思考を越えて行け。
自分が自分を導くだろう。旧い時代に生きた、その信念体系を越えて行くのだ。