『~良き結果を純粋に受取るために~』

今回は個人から団体まで、如何に受取るものを受取れていないか。
原因と結果の巡りの中で、良き結果を受取れていないという事実。
個人も全体も、下手を打ち続けているというお話をして参ります。

先ず簡単な例で申しますと、自分に明白な正当性があるとします。
それにより賠償を受ける権利があったとしても、激高してしまい、
暴力・暴言といった行為を行うと最終結果はどうなるでしょうか。

他者には分からなくても、心や思考で相手や皆の不幸を願ったり、
また日常的に思考が批判で満たされ、常にイライラが止まらない。
このような行為が人生で受取るべき喜びを減少させて行くのです。

例えば乱開発のような自然界のダメージに対しても何も感じない。
自分達で無ければ、他に犠牲と苦痛があっても仕方無いと思える。
人生や時代を跨いでも、それらの負の遺産は歴然と追って来ます。

このように正確に、目には見えない分も含めた上で巡りが来ます。
例え自分は悪くないように見せ掛けても、帳尻が合う時が来ます。
良き行いの結果を純粋に受取ることの出来るようにされて下さい。

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