『天に届く祈りと、想念を飛ばすだけの祈り』
世界を汚染するように、毎瞬、発せられる膨大な想念の数々。
それらを色や音で、匂いで、粘度で、あるいは感情や感覚で、
如実に感知出来たなら、我々は沈黙してしまうかも知れない。
意識を持つ者の思考の殆どは、唯、自我の想念を発するのみ。
祈りの形に変えたとしても、自分達に関わる幸運をのみ願う。
天が言われる。それは唯、想念を飛ばしているだけなのだと。
自分と自分の周辺の者への自我の祈りは、本来天には通じず。
例えば世界的な祈りとは別に、個別の祈りの際にそれが出る。
夥しい自己中心な想念と祈りが、世界中を汚染しているのだ。
一つ思い願うたびに、同じような境遇の方々のためにも祈り、
何かに心を痛めるなら、世界中の為にも、癒しと改善を願う。
つまり同時に世界中にある同じ案件を思い、幸福を祈るのだ。
もし本当に、人だけによらず、常に世界中の幸せを願うなら、
その祈りは天に届けられ、必要な準備が為されるそうである。
己の安泰だけを願う姿勢から、今こそ脱却すべきなのである。